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♪素敵な夢    録音時期不明
  なにわや CMソング
   作詞:山上 路夫  作曲・編曲:渡辺 宙明
   

一般知名度 私的愛好度 音楽的評価 音響的美感
無印 ★★★ ★★★ ★★

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先ずは歌詞をご紹介しておきましょう。

1 いつでもキレイに してみたいの
  だって わたしは 女の子
  毎日 おしゃれを していたいの
  だから行くのよ なにわやのお店

  きれいな夢を 明るい夢を
  手軽に買える みんなのなにわや

  あなたに 教えてあげたいの
  おしゃれなお店 なにわや なにわや

2 いつでもかわいく していたいの
  だって わたしは 女の子
  毎日 かわいく 過ごしたいの
  だから行くのよ なにわやのお店

  わたしが町を 歩いていると
  だれかが きっと 見つめているわ

  わたしが選んだ このお店
  おしゃれなお店 なにわや なにわや

  (間奏)

3 いつでも夢を 見ていたいの
  だって わたしは 女の子
  毎日 夢見て 暮らしたいの
  だから行くのよ なにわやのお店

  わたしが いつか ウエディング・ドレス
  作る時にも みんなの なにわや

  素敵な夢だけ 並んでいる
  おしゃれなお店 なにわや なにわや

歌詞だけ見ると、多少、カマトト的な面はあろうかと感じられますが、これが、
ザ・ピーナッツの歌声で聴くと、極めて自然で、何の抵抗も感じられません。
声音の暖かさ、滲み出る誠実さ、そういうものが素直に伝わってくるのです。
3番のところまで来ると、なんでだか感動すら覚えます。
たかがCMソングなにのね。ザ・ピーナッツの歌には外れというものが無い。
「素敵な夢だけ並んでいる」ザ・ピーナッツの楽曲群はどれもこれもが素敵です。
そして「素敵な夢だけ並んでいる」そういう世の中にしたいものですねえ。

曲調こそ全く別物ですが、この曲を聴いて、ああ、あれに似ているなあと感じたのが、
昭和58年、テレビ番組"欣ちゃんのどこまでやるの"で誕生したグループの"わらべ"
が歌った「もしも明日が」という歌です。
あくまで個人的感覚というか個人的感傷に近い哀愁感覚が似ているのです。
聴いた後の感覚が、とっても良いのです。清清しい感覚になります。

私は常々思っているのですが、作曲というものは、やはり作曲家がやった方が良いの
ではないでしょうか?
今の時代は、そうじゃなくて、自分で作ったものを歌うことしか認めないぞといった
妙な危ない風潮になっているのが大いなる間違いとしか思えないのです。
そんな馬鹿なブームは去って欲しいのですが、もはや定着してしまっています。

フォークとかニューミュージックなどの(所詮流行歌なのに……)自作自演でないと
営業目的の不純な音楽だという硬直思想が若者に蔓延してしまい、今に至ります。
その結果、自己満足で普遍性がない、仲間うちだけで受ける偏屈音楽が増えました。
最近の音楽はメロディーラインがちっとも美しくありません。
音楽の3要素は、リズム、メロディー、ハーモニーなので、メロディーが美しいだけ
が評価基準ではないのですが、他の2要素もあまり良くないのです。

なにが最近の音楽の特色かというと、それはサウンドでしょう。
それも本格的なそれではなくて、小さなスピーカーとかイヤーホーンなどの小規模の
再生装置で刺激的で刹那的、退廃的な音響を奏でる音楽が流行っているのです。
電子音の洪水で満ちているので音楽に隙間がありません。みっちりお買得な感じです。
まあ、よく飽きないものだというサウンドばかりが30年以上も続いている。
音楽自体の魅力が根本的に欠落しているので歌詞が著しく冗長で、何をいいたいのか、
さっぱり意図不明。そういうのが感動するというのだから、感覚が狂っています。
ダラダラ、グダグダと長い難解な(無意味な?)歌詞を並べ、ガチャガチャと不快な
歪んだ(それが味なのだろうが)電子合成音をぎゅうぎゅう詰めにした音はある意味
妙な脳内麻薬が出て気持良くなるのかも知れないけど、なんか疲れそうだ。

さて、この歌はCMソングですから背景を探りたいところですが、さっぱり判らない。
オフ会でアンカーさんに聞かせて頂いたのが最初であり、未聴音源でした。
「なにわや」という屋号でわかるように関西地区住民でないと知らなくて当然かも?
☆ピーナッツ・ホリデー☆のアンカーさんが探究してくれていますので、詳しくは
それをご覧頂くことをお薦めします。
☆ピーナッツ・ホリデー☆ → ディスコグラフィー → コマーシャルで参照。

この歌の歌詞から想像すると、女性ファッションの店鋪のようですが、規模や歴史は
不明です。しかし、当時、ザ・ピーナッツに歌ってもらうというのは大変なコストが
必要でしょうし、このフォノシートの録音はちゃんとしたオーケストラで歌っていて、
裏面は演奏だけの別アレンジも行っており、いい加減な代物じゃありません。
当時はファッション・ショップのようなものは一般的じゃないので大規模な洋品店で
あったように感じますし、食品部開店記念という表示がありますので、ケーキ売り場
なども併設して発展途上にあったお店だったのでしょう。

爽やかなCMソングというイメージでありますが、当時はこのような企業CMソング
が流行った面もあると思います。素朴なメロディーが愛された時代だった。
音楽的にも単純で基本中の基本。学校でまず教える音楽形式そのままです。
フォスターの名曲などが教材に選ばれることが多いのですが、ザ・ピーナッツの歌の
大半はそのまま教材に使えます。素朴、単純、それがザ・ピーナッツの歌の特徴です。

しかしながら人間の感性なんてものは基本的に何百年も前から変わっていないのです。
200年前のクラシックは現在でも素晴らしい音楽です。
むしろ流行っている音楽は劣化/退化した原始音楽に近いものに先祖返りしています。
ラップとか、まさにそうです。原始人の音楽であり、サウンドだけが新しい。
3分間とかの短い時間芸術としては、この歌の旋律要素くらいが適切で、これ以上は
過飽和となってしまい、変化と統一のバランスが崩れてしまい不快になる。

このようなCMソングでありながらもプロの作詞というのは技術がちゃんとある。
「だって わたしは 女の子」とか、「だから行くのよ」のように不変の部分があり、
これによって全体が一貫したワールドになって構成美が生まれてくるのだ。
歌詞も音楽も見聞きするのは人間なので、ハチャメチャでは心に響かないのだ。
三部形式とかロンド形式、ソナタ形式など、自然発生的に生まれた音楽形式のそれは
まさに統一と変化を工夫して、単調にならずに、かつ跳び過ぎないという繊細微妙な
音楽芸術が歴史の積み重ねで幾多の大傑作を生み出して来たのだ。

まあ、そういうわけで、ザ・ピーナッツの歌っている他の曲と比べても一歩も引けを
とらない立派な楽曲であると私は思っています。
50周年企画には間に合わなかったけど、60周年にでもレアコレクション第4弾と
いったアルバムでも出来たら皆が聴けるので、お祈りいたしましょう。
(2010.07.09記)


60周年企画を待っているのも気が遠くなりますので(笑)、これを聴いて下さい。

http://peanuts2.sakura.ne.jp/gentei/NANIWAYA.mp3

(2010.12.24追加)